「そう簡単に行くか?

「そう簡単に行くか? 万一、東で戦が膠着して貴族共が寝返ったら、我等は挟み撃ちになるぞ。」

「・・・。」

「ボルマンスクのゴルゾーラ殿下達には向こうから攻めて来させるのだ。このゲッソリナに向けて攻め上って来た所を迎撃するのだ。攻める側は兵が別れ、待ち受ける側は兵が纏まる。必ず、有利に戦えるはずだ。」小朋友學英文とステルポイジャンは断言した。ステルポイジャンの頭の中には兵站の問題が有るのだろう。ボルマンスクを拠点とするゴルゾーラ達がゲッソリナを攻めれば兵站が延びると云う不利が有る。逆も又然りである。「敵が攻めて来るのを悠長に待ってたら、相手は力を付けてしまいますよ。」「相手が力を付ければ、その間にこちらも力を付ける。何より、東に攻め上って敗れたら、逃げ場に窮するが、ゲッソリナの近くなら南の我等の本拠地に撤退して巻き返す道が残っている。」

「・・・。」

ゲンブは黙った。他の三人も複雑な顔で黙っている。ステルポイジャンの言葉に服したわけでは無く、今の時点でこれ以上言う気が起きなくなったようだ。「話が横道に逸れているようじゃ。今日集まってもらったのは、テッフネールをどうするかという話だ。」「テッフネールのオッサンが敵になったら、俺が斬るから、心配要らないって言ってるっしょ。」 ビャッコがやれやれと云う風に愚痴る。「テッフネール殿が敵に回ったと決まったわけでも無いですから、神経質になり過ぎる必要は無いのでは、・・・それに幾らテッフネール殿と云えど、我等四天王が力を合わせれば、よもや負ける事はありますまい。御安心下さい。」ビャッコを無視する形でゲンブがステルポイジャンに言った。「むう・・・。」ゲンブの言葉にステルポイジャンは、大きく腕を組んで黙り込んだ。暫く、考え込んでいたが、「つまり、テッフネールの事は様子を見ると云う事か?・・・仕方ないか、わかった。・・・とりあえず、今日からお前達四天王の軍はわしの直轄とする。各自の師団長にはわしの方から調整しておくから、ゲッソゴロロ街道方面に連隊を集結させて、我が命を待て。以上だ。」と言った。心なしか、力のない口調であった。四天王の面々は気をつけの姿勢を取って敬礼をすると、打ち揃ってその場を退出した。「何だか、ステルポイジャンのオヤジ、弱っちくなってんじゃね?」少し離れてから、ビャッコが誰に言うともなく言った。「口を慎め、ビャッコ。」セイリュウが窘(たしな)めるように言った。「そうは言うけど、昔のオヤジなら、あんなグズグズした事は言わなかったぜ。ゲンブの兄貴の提案したように、一番でかい敵からさっさと片付け始めたはずだ。それに、たかがテッフネールのオッサン一人の事で対策を考えたりしなかったよ、きっと。臆病になったのかな?」「負けるわけに行かないから、慎重になられているのだろう。」 五月蝿(うるさ)そうにしながらも、セイリュウが答えてやる。「色々、忖度(そんたく)しても始まらん。所詮我等は戦場の猟犬、出番は合戦の時だ。」話を締め括るように言ってゲンブが背を向けた。暫くの後、ステルポイジャンはニーバルを呼び寄せ、四天王に明言したように、彼等を連隊ごと現在所属している師団から外し、自分の直属部隊として編成し直す手配を命じた。その顔には、かつて前国王の御前会議で、ラシャレーと意見を争った時のような、ギラギラとした野獣の精気は失せ、苦悩めいたシワと疲労が見てとれた。イザベラが鴉のクーちゃんに託して送ったテッフネールに関する情報がハンベエに届いたのは、ステルポイジャンがテッフネール対策の為に四天王を召集した同じ日の夕刻であった。「頗る危険な人物。」ハンベエは一人切りの執務室でぽつりと呟いた。妙なものである。報せを送って来たイザベラからして危険人物である。