しかし

しかし、事合戦となれば教祖の思惑にばかり従うわけにもいかない。誤った状況判断は命取りになるからな。殿下に対する忠誠心は私も人に譲らない。軍中、敵の姿を正しく捉えているのは貴公と私のみと思った。貴公とは出来れば手を携えて勝利を招き寄せたいと考えている。取り敢えず、蠅のように五月蠅く飛び回っているタンニルは私の方で引き取らせよう。私は敵ではない。良く見ておいてくれ。」クービルはそう言うと、サンテーラに目配せして立ち上がった。「それは助かる。」 ボーンも立ち上がり、クービルに軽く頭を下げた。(やれやれ、疲れる事だ。ハンベエとは敵となったが、割合本音を言える間柄だった。それに比べて、この陣中の息苦しさはどうだ。)ボーンは無意識に何処かの無頓着野郎に思いが及んでしまっていた。間近に合戦を控える中、仲良し三人組の昔が幸せに思い出され、international school secondary 今日も雲を眺めてしまう。「ふーむ、中々本音を聞かせてくれない御仁だ。まあ、私が教祖ナーザレフ側の人間では致し方ないか。 コノサテキ原に派遣されている騎馬部隊の指揮は傭兵騎馬隊長のレンホーセンが取っている。この中に、先にモルフィネスの護衛を務めたキーショウが入っていた。 抜群の弓の名手という触れ込みだったので、ハンベエがモルフィネスに言って最前線の偵察部隊に一時的に組み込んだのである。レンホーセン配下の傭兵騎馬隊は騎射に優れた者揃いであるが、短弓装備なので射程は精々三十メートルである。しかし、キーショウは馬上百メートル先の敵を射るという芸当をやってのけた猛者である。敵の斥候兵と接触した際には心強い戦力になると見たハンベエが、取り敢えず貸しとけと引き抜いて来たのであった。太子の軍が進軍して来たら戦わずに撤退して来いとは命じてあるが、偵察兵の衝突は別の話である。可能な限り討ち取って、敵の斥候活動を妨害するように命じていた。何度もくどくどと言うが、剣術使いハンベエの根底には先手必勝先制絶対優位の考えが染みついている。斥候兵の小競り合い等、大局に影響なしとは思いもしないのである。それどころか最初の一撃、どんな小さな戦いにしろ、緒戦には何が何でも勝ちたいのであった。変則的な一時配置となったが、キーショウに別段苦情は無いようである。当年三十一歳、絞り込んだ躯を持つ寡黙無表情な人物であった。イザベラには必中の矢を二度まで外されたが、それも別段気にしている様子も無い。コデコトマル平原に野営陣地を敷き終えた太子軍は、その翌日にゲッソリナ方面への斥候活動を開始した。しかし、その斥候開始一日目にして憮然とする事態が起こった。偵察に出した兵士が一人も帰って来なかったのである。三人一組の偵察隊を十五組送って帰還者ゼロであった。生きて戻ってきたのは馬ばかりであった。太子軍陣営は俄に騒然となった。敵がすぐ間近にいる、そうとしか思えなかった。斥候部隊は、第一師団から出されていた。師団長コノバックはいきなり鼻面を殴られた思いになり、頭に血を昇らせた。