だが今となっては

だが今となっては、その当然の事さえ、俺達を逃れられない死地に追い込みながら、自分達は安全な場所からアゴで指図だけか、と腹立たしく感じてしまうハンベエであった。入り口で、例によって例の如く、番兵が将軍のいる部屋に行くなら剣を預かりたいと言う。「随分な扱いだな。刀を預けろだと。あの大軍と必死で戦って、多大な血を流して、敵を追い払った我が第5連隊をまるで反乱軍扱いじゃねえか。くっだらねえ事言ってねえで、とっと指令部へ案内しやがれっ」 ハンベエは凄まじい口調で怒号した。番兵はその勢いに思わずたじろいだ。そこへ、上官らしい男が現れ、「第5連隊長に失礼な真似をしてはいかんな。たった二人だ。しかも、ここは陣中、罪人ならともかく、味方兵士の剣を取り避孕藥法はない。」と番兵をたしなめた。ハンベエとコーデリアスはそのまま、将軍バンケルクの室まで進んで行った。一応、ノックをして部屋に入ると、将軍バンケルクは執務机の上に両の手を結び、座って待ち構えていた。バンケルクの机の両脇には、一名づつ、側近らしい士官が立っている。護衛であろう、どこででも見られる、変わりばえのないスタイルだ。(閣下だとか陛下だとか、もったいぶったところで、こういう配置ばかりは、将軍だろうが、山賊の親玉だろうが変わらねえな。)腹に一物どころか、堪忍袋も破裂して、煮えたぎっているハンベエは、心の中で毒づいた。バンケルクの後ろに、端正な顔立ちをした士官が一人立っていた。美貌である。女に化けても、相当な美人になりそうだ。肩まで伸ばした髪が美しい艶を放っている。極めて、静かな佇まいで立っている。その静かな雰囲気が、反って、その男の存在感を引き立たせていた。ハンベエは、おやっ、とその男に目を奪われた。妙に、気になる男だ。「第5連隊のみにて、アルハインド勢を打ち破り、全て追い払った。帰還兵士百余名。以上報告。」コーデリアスはハンベエの支えを外し、バンケルクの前に直立すると、斬り付けるように言った。最早、喧嘩腰である。バンケルクは、この男何を言ってるのだ、と言うふうにコーデリアスを見た。「はて、第5連隊長の無事帰還は喜ばしい事だが、アルハインド勢を第5連隊一人で追い払ったとは、異な事を。敵は城塞からの一斉攻撃で大打撃を被り、耐えかねて退却したものと思うが。」 バンケルクは皮肉めいた口調で、冷ややかに言った。コーデリアスは、睨み殺すかと思えるほどに、怒りに満ちた眼差しでバンケルクをみつめたまま、「将軍、残念ながら、アルハインド勢を追い払ったのは、我等第5連隊だ。ここにいるハンベエが、敵の総司令官を討ち果たした。だからこそ、敵は退却したのだ。城塞からの攻撃など何の手柄でもないっ・・・とまでは言わんが、敵を追い払ったのは我等第5連隊だ。」コーデリアスは激しい口調で一気にまくし立てた。「ふっ、見た者がいないと思って、とんだ大ボラを。」「何だと。」「それより、コーデリアス。部隊を帰還させた後、勝手に塔を占領して臨戦態勢なのはいかなる理由か?反乱でも起こすつもりか。」「占領? 勝手な言いがかりを。敵兵が去った後も本営から、帰還指令の一つもないので、兵士を休息させるために陣取っただけではないか。」「何を言う。一昨日の夜に撤退命令の伝令を送っている。」